オシム語録

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無数にあるシステムそれ自体を語ることに、いったいどんな意味があるというのか。
大切なことは、まずどういう選手がいるか把握すること。
個性を生かすシステムでなければ意味がない。
システムが人間の上に君臨することは許されないのだ。
2003-08-07 2003年8月7日発売 Number582誌上「オシムのサッカー構造改革。」より
限界には、限界はありません。
限界の定義は何だと思いますか。
限界は個々の選手の目標で、
限界を超えれば、次の限界が生まれるのです。
 2003年4月 選手に課しているハードトレーニングについての岡社長との会話の中で、社長の「選手には、限界を超えた者だけが一流になれると話している」という言葉に対して
日本人は伝統的に責任を他人を投げてしまうことに慣れてしまっている。
工場ならそれでも機能するかもしれない。全ての責任を取締役に押し付ければいいんだからね。
けれどもサッカーでそれは通らない。サッカーでは上司も労働者も全員が一緒にいるわけだから。
2003-06-01 Sportske Novosti紙
我々の国民は過小評価する癖があり、日本サッカーについても"あれは子供のプレーだ"と言うだろう。
けれども日本を経験した選手が誠実になれば、どんなプレーをしていたか率直に語るはずだ。
日本でプレーすることはそうそう容易いことではないとね。
残念ながら体格面が日本人の大きなハンディキャップだ。
世界のサッカーは高さへと向かっているが、日本で190cmの選手を持つことは決してない。
体格の良い選手を持っているヨーロッパならば、次の解決方法に手を伸ばすことができる。
"美しいサッカーができなくとも、パワーによるサッカーは可能だ"というもの。
日本はそんな立場にない。けれども日本人は素晴らしい面を持っている。
非常に速いスピード、尋常ではない闘争心、サッカーに必要な多くの感覚や素晴らしい個人技術といったもの。
それら全ての特徴を集めれば非常に"強い武器"となる。
2003-06-01 Sportske Novosti紙
今年のJ1は全体として盛り上がったいいシーズンだった。
最後まであれだけの僅差で競ったことはレベルが上がっていることの証明でもあるし、
各チームに大きな経験を与えただろう。
プレミアやセリエA、リーガなどに個性があるように
Jリーグとはこういうリーグだという方向を示せたのではないか。
そして王座には最も相応しいチームが就いた。
1シーズンで87得点を取ったG大阪が戴冠したことは賞賛すべきだ。
失点の多さをくさすのはまったくナンセンスだ。
2005-12-23 エルゴラッソ 12/23.24日号「イビツァ・オシム 2005のあとで…」より
日本ではジャーナリストもサポーターも常に良い意思をもっているので、私は気分良く仕事が出来るよ。
フィールド上ではますます良いサッカーがプレーできるようになった。
それはスピードや機敏さ、根性や規律といった日本人の特性だけではなく、優れたテクニックや戦術遂行能力によるものだ。
日本サッカーを経験した誰もが単純に考えてこの国を語ろうとするが、彼らは既に去っている身分だ。
ヨーロッパでは全てが壊れている上で、更に綺麗なサッカーを壊そうとしている。
いずれ、ここでも破壊が構築を上回る日が来るだろうけどね。
2003-10-01 Sportske Novosti紙
サッカーに最も必要なのはアイデアだ。
アイデアの無い人ももちろんサッカーはできるが、
サッカー選手にはなれない。
2005-04-20 EL GOLAZO4/20,21号 オシムの必然より
今、どのチームも疲れている。
そんなときだからこそ勝ちたいという
強い気持ちを持つものが勝利できるもの。
2005-08-24 C大阪戦前 ミーティングにて
トリニータの試合をほとんど見ているが、
選手が自信を持って戦っているのが大きい。
前からいる選手に新しい選手が加わったが、
とにかくチーム全体で自信を持っている。
「飛びかけた飛行機は、最初がよければ勢いよくそのまま飛び続ける」
ということわざがある。
今、トリニータは勢いがついた状態だと思う。
ただ、どんなチームでも全力で戦うことが大事であり、
一人前になったと思った時点で足元をすくわれるもの。
どんなチームでもね。
2005-10-22 神戸戦後の監督会見より「次節大分戦について」
記者の皆さんは失望しているかもしれないが、ということは私はもっと失望しているということ。
でも人生はこれからも続くよ。
2004-05-02 柏戦後の会見にて