サッカーは戦争ではない。
政治がスポーツに悪影響を及ぼさないことを、強く願う。
2005-02-01 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より
どこで何が起こるかわからないもの!
人生とはいつも危険と隣合わせだ。
サッカーも同じだ。
2005-05-01 川崎戦前 ミーティングにて
日本は裕福な国だし、逆に貧しい国もある。
しかし、環境の違いはあっても、
スタジアムに来れば自分が大声を出して熱狂できるものがある。
特に、近代サッカーというものは自分の生活の次に大事な要素になりつつある。
だからこそ監督やスタッフ、スポンサー、そして観客と、
チームにかかわっている人間が一体にならなければならない。
そういう意味で私にとってはサッカーが宗教であり、
スタジアムが教会なのかもしれない。
世界中に有名な教会があって人々がそこに集まるけれど、
その数よりも有名なスタジアムのほうが知られているんじゃないだろうか。
2005-10-16 UNITED フクアリオープン特別号「サッカーは宗教、スタジアムは教会だ」より1
サポーターの皆さんに分かってほしいのは、
サッカーというのは人生と同じであって、
必ずしも自分の思った方向に物事が動くとはかぎらない。
勝つこともあれば負けることもあるのだ。
勝ちだけを望むサポーターであってほしくない。
このフクアリで、
ジェフの新しい文化が生まれることを期待している。
2005-10-16 UNITED フクアリオープン特別号「サッカーは宗教、スタジアムは教会だ」より2
サッカーというものはすごく難しいしいスポーツなので、
サッカーというひとつのいい学校だと思ってほしい。
もし、サッカー学校を卒業したら、素晴らしい人生を送れると思う
2006-04-26 広島戦試合終了後の会見
(いつかヨーロッパのクラブの指揮を引き受ける可能性について聞かれ)
「それについて語るのは難しいね。
ある時点で監督人生に終止符を打ち、残りの人生はサッカーを観戦しながら楽しむものだと思っていた。
しかしそれは不可能だ。一度でもサッカーに感染してしまった者は、永遠に(サッカーと共に生きることを)覚悟しなくてはならない。
例えばチーロ(ミロスラフ・ブラジェヴィッチ)。彼は決してサッカーと別れることはできないだろう。
ボビー・ロブソンをはじめ、どの監督にとってもそうだ。誰が(サッカーなしで)どれだけ耐えられるかだろうね。
拒否するのが難しいほどのオファーはもちろん存在するだろうが、そのようなオファーがイヴィツァ・オシムのためにも存在するというのかね?
私にはそんなオファーがあるとは確実には言えない。
ヨーロッパはとりわけ流行的な手法に傾きがちで、その流行の必要性を監督にも求めようとする。
ある監督がモードに遅れたとしたら、若い監督達が順を追って現れる。若い監督達はより真面目で、より寡黙で興味深い人間ではあるのだが、次第にアグレッシブな輩へと変貌してしまう。
私はいつも同じだけどね。」
2005-09-01 Sportske Novosti紙