オシム語録

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監督

サッカーは走らなくては成立しないスポーツなんだ。
監督には監督の視点があり、選手にも選手なりの視点がある。
だけど両者の考えがあまり開いてはダメなので、自分がやろうとしていることと、
選手たちができることをしっかりと分析してすり合わせる。
そのなかで選手たちに自由を与え、自分たち自身で試合をクリエートできるようにしてやる。
その過程で、選手たちを信じることが監督として一番大事なことだ。
2003-08-28 8月28日発売 sabra(015)の取材に応えて
監督としての喜びはチームが勝ったとき、チームが何かを成し遂げた時はもちろんだが、
練習でやったことを選手が試合でうまくできたとき、自分の力がチームを助けたという意味である。
ただ自分が喜ぶというより、選手が喜んでいる時は監督もうれしいもの。
ただ喜んでばかりはいられない。自分の感情をコントロールして次に備えることも必要だ。
2004-04-19 週刊サッカーマガジン5/4号(971)コーチングイズマイライフより2
監督を辞めたいと思ったこともある。
うまくいかなかったとき、がっかりしたときなど、よく考える。
クラブとのかかわり合い、選手とのかかわり合いで問題が生まれることもある。
大変なシチュエーションに陥ることもある。
選手が動かなかったり、やる気を見せなかったり。
でも2、3日考えて、別の仕事をしようかと思っても、
これ以上いい仕事はない、ということでまた始まる。
2004-05-04 週刊サッカーマガジン5/18号(973)コーチングイズマイライフより2
うちは、もったいない点の取られ方をしている。
なんでもないDFのミスで失点している。
こういうミスの代償は大きい。ただ、私は、この世でこうしたミスを全て直せる監督を見たことがない。
監督として、それは理解しなければいけない。
私よりいい監督を何人か見てきたが、選手は同じようなミスをしていたよ。
2004-05-09 名古屋戦後の監督会見で
監督というものは、常に何がうまくいっていないかを探さないといけない。
私はブラシのようなもの。常にホコリをはらうことをしないといけないのだ。
2004-08-29 鹿島戦の試合後の監督会見にて
市原の監督を引き受けたのは、
「あるものを生かして結果を残す」という自分のビジョンにあったからだ。
ここまで予算がなく、観客も少ないクラブだとはわからなかった。
しかし引き受けると決めたのだから、がっかりしている場合ではない。
「他にもっといい選手やチームはある」と言うのは簡単だ。
市原には実際、選手を買う資金などない。
しかし前向きに考え、進んでいきたい。
2004-10-19 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より(2)
サッカーというものは、試合の流れを先に読むことが大事。
例えば、後半28分の失点シーンでいうと、
われわれが攻めていてオフサイドで選手が残っていて、そこからカウンターで失点した。
あのような状況を想定し、素早くアクションをとらなければならないのだ。
選手交代も同じ。
しっかりアップさせ、状況に応じて選手交代を行わなければいけない。
例えば選手を代えて点を取られれば監督が悪いことになるし、
代えないで点を取られても監督が悪いことになる。
要するに、記者の皆さんが正しいんですよ。
2004-10-31 G大阪戦の監督会見にて 1
監督のあるべき姿は、一つに定義付けできない。
誰かのマネをして同じことをしても、優勝はできない。
一方、自分一人の力だけでやっていけるわけでもない。
選手や組織のことを考慮しつつ、それぞれの考えや個性を生かしていければいい。
2004-12-07 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より
すべての監督が大きなプレッシャーを感じている。
ほとんどの人たちが、試合の内容よりも結果に注目しているわけだからね。
やはりチームが負けないサッカーを彼らは選択していくだろう。
ただそういうことを続けていたら、
残念ながらいい内容の試合は展開されないでしょうね。
2005-05-10 サッカーダイジェストNo.783 イビチャ・オシム攻めの美学 その真髄より2
監督は観客ではない。観客とは違う視点で試合を見ている。
選手たちもそれを知るべきだ。
新聞記者がいいプレーだと書き立てたり、観客が拍手しても、
監督は別の視点から見ている。
正直、記者の皆さんやサポーターといった第三者的な立場の人は、
監督よりも物事を正しく見ているのかもしれない。
なぜなら観客席の上のほうから見ているのと違い、
私はベンチで平面で見ているだけだからね。
だけど、
監督のほうが正しいというときもあるということを覚えておいてほしい。
2005-07-08 UNITED No.125 特別インタビューより