オシム語録

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監督

トルシエはトルシエの、
ジーコはジーコの代表を作るわけで、
誰かが同じ流れを継ぐためにトルシエのイミテーションをしたって意味がない。
トルシエは規律規律で、
ジーコは自由を与えているように言われているけれど、
うわべはそう見えても実際はそんなことはない。
ジーコのチームも規律を守って選手を抑えている部分もある。
私は個人的にトルシエがどんな仕事をしたか知りませんが、
トルシエよりもジーコの方が大きな仕事をしたと思いますよ。
それは単純にW杯の予選を通過したという意味でね。
2002年は(W杯出場が)決まっていたわけだから。
トルシエはトルシエでいい監督だと思いますが、
タイプが違うわけですから。
一つのことをやっているからといって、
それをずっと続ける必要はないでしょう。
だったら監督が代わる意味はない。
ジェフ千葉はジェフ千葉で、浦和をコピーする必要はない。
横浜をコピーする必要もない。
自分たちの方法でやっているわけですから。
2005-11-25 月刊プレイボーイ 「PLAYBOY INTERVIEW」より2
結局、結果を出したいい監督だからといって、
別のチームに連れてきても同じように力を発揮するとは限らないわけです。
例えば、私はアリーゴ・サッキがいる時のACミランの練習を見に行ったことがある。
アーセン・ベンゲルのいる時のアーセナルの練習も見に行ったこともある。
いろんな方法で、違うレパートリーでやっている。
参考にはなる。しかし、アーセナルの練習を見たからといって、
アンリと巻を比べることなんてできないでしょう。
向こうでできたことが、ここでできるとは限らないわけです。
それぞれの場所でやっていることなのです。
重要なのは自分の所にいる選手が何ができるかということを見ることなのです。
2005-11-25 月刊プレイボーイ 「PLAYBOY INTERVIEW」より3
新たな選手のコンビネーションを形成するための時間はいつも必要だ。
今日のプロサッカーで、ただ"働け" "走れ"と誰かを追い立てるのならば、クラブに監督など必要ではない。
それならば、むしろ警察官が必要だよ!
選手とチームの価値を見る時にはもっと平穏と客観性が必要だ。
もしそれがないならば、既にスタートの時点で全てが間違ったことをしているのだ....
0000-00-00 Vecernji-list紙
(いつかヨーロッパのクラブの指揮を引き受ける可能性について聞かれ)
「それについて語るのは難しいね。
ある時点で監督人生に終止符を打ち、残りの人生はサッカーを観戦しながら楽しむものだと思っていた。
しかしそれは不可能だ。一度でもサッカーに感染してしまった者は、永遠に(サッカーと共に生きることを)覚悟しなくてはならない。
例えばチーロ(ミロスラフ・ブラジェヴィッチ)。彼は決してサッカーと別れることはできないだろう。
ボビー・ロブソンをはじめ、どの監督にとってもそうだ。誰が(サッカーなしで)どれだけ耐えられるかだろうね。
拒否するのが難しいほどのオファーはもちろん存在するだろうが、そのようなオファーがイヴィツァ・オシムのためにも存在するというのかね?
私にはそんなオファーがあるとは確実には言えない。
ヨーロッパはとりわけ流行的な手法に傾きがちで、その流行の必要性を監督にも求めようとする。
ある監督がモードに遅れたとしたら、若い監督達が順を追って現れる。若い監督達はより真面目で、より寡黙で興味深い人間ではあるのだが、次第にアグレッシブな輩へと変貌してしまう。
私はいつも同じだけどね。」
2005-09-01 Sportske Novosti紙